遺言書が無効とされる原因や具体例、無効を主張する際の手続きについてわかりやすく解説します。形式不備や判断能力の欠如などの注意点もご紹介します。
遺言書は、残されたご家族にとって故人の意思を知る大切な手がかりとなります。しかし、わざわざ作成した遺言書が無効とされるケースは意外に多く、その場合は遺産分割が複雑化し、家族間のトラブルに発展するケースもあります。
本記事では、遺言書が無効と判断される代表的な原因や具体例を、できるだけわかりやすく整理しました。さらに、無効を主張するための手続きや、有効な遺言書を作成するためのポイントについても解説します。
遺言書が無効になる主な理由3選
遺言書は、被相続人の意思を反映させる重要な書面です。しかし、民法で定められた一定の要件を満たしていない場合、遺言書は無効と判断されます。遺言書が無効になる主な理由は以下の3点です。
- 民法総則上の無効要因
- 遺言書に特有の無効要因
- 撤回による無効
それぞれどのようなことなのか詳しく説明し、どのような点に注意すべきかを詳しく解説していきます。
民法総則上の無効要因
遺言書は法律行為の扱いとなり、民法の一般原則に従います。そのため、遺言の内容や作成過程に問題がある場合は、民法の総則に基づき無効となります。
公序良俗違反による無効(民法第90条)
公序良俗とは、社会の一般的な倫理観や秩序を指します。遺言の内容がこれに反する場合、その部分または全体が無効とされる可能性があります。
詐欺・強迫・錯誤による無効(民法第95条・第96条)
遺言者が他人の詐欺や強迫によって遺言書を作成した場合、その遺言は無効になります。また、遺言内容に重大な錯誤がある場合も同様です。
意思能力の欠如による無効
遺言書は、意思能力のある人が単独で作成することが前提です。認知症や精神疾患などにより自分の行為の結果を理解できない状態で作成された遺言は、無効とされるケースがあります。
医師の診断書や看護記録などから、遺言書作成時の認知状態を確認する必要があります。
遺言書に特有の無効要因
遺言書には、通常の法律行為とは異なる方式の厳格性が求められます。民法では、遺言の種類ごとに明確な方式が定められており、それを守らなければ無効になります。
方式不備による無効(民法第960条~)
遺言書にはいくつかの種類がありますが、いずれも民法で方式が厳格に規定されています。
たとえば、自筆証書遺言の場合は全文の自書、日付の明記、署名と押印が必須です。このうちひとつでも欠けていれば、その遺言書は原則として無効になります。
また訂正する際にも、訂正箇所の訂正印と署名がなければ訂正は無効とされます。
遺言能力の欠如による無効(民法第961条)
遺言書は、満15歳以上で意思能力を有する者でなければ作成できません。意思能力がない状態での作成は、たとえ公正証書であっても無効とされる可能性があります。
共同遺言の禁止による無効(民法第975条)
二人以上の者が同一の遺言書に記載する共同遺言は、民法により明確に禁止されています。そのため、たとえ夫婦が一緒に遺言書を作成したとしても形式上は無効になります。
後見人への遺贈の制限による無効(民法第965条)
成年被後見人の後見人に対して、遺言によって財産を譲ることは原則として禁止されています。これは、被後見人が不当な影響を受けるリスクを回避するためです。
ただし、被後見人が後見開始の審判を受ける前に遺言を作成した場合や、家庭裁判所が特別に許可を出した場合には適応されません。
撤回による無効
遺言書は、遺言者の最終意思を表すものです。そのため、遺言者はいつでも遺言を撤回できます。後から作成された遺言が前の遺言と内容的に矛盾する場合には、後の遺言が優先されます。
ただし、撤回の意思が曖昧であったり、本人以外の者が訂正・破棄をした疑いがある場合には、撤回の効力自体が争点になるケースもあります。
遺言書の種類別無効事例
遺言書にはいくつかの種類があり、それぞれに定められた作成方法や要件があります。形式に不備があると、わざわざ作成した遺言も無効とされる可能性があるため注意が必要です。
ここでは、遺言書の主な3つの種類である自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の、実際に無効と判断された事例を紹介します。
自筆証書遺言の無効事例
自筆証書遺言は遺言者が全文を自筆で書く方式で、最も手軽に作成できます。その一方で、形式不備による無効のリスクが高いです。
事例1:日付が「令和〇年〇月吉日」
遺言書に「〇月吉日」とだけ記載されており、具体的な日付が明記されていないとして無効と判断されました。民法968条は「日付の自書」を必須要件としており、「吉日」は特定日ではないと見なされ形式不備となりました。
事例2:一部のみ手書きで、パソコンで作成
パソコンで作成した遺言文書の最後に署名と押印だけを自筆で記したケースでは、「全文を自書したとは認められない」として無効となりました。自筆証書遺言では、本文の全文の自筆での記載が必須です。
事例3:押印がないまま封印
押印を忘れたまま遺言書を封筒に入れて保管していたケースでは、「署名はあるが押印がない」として無効になりました。民法では署名と押印の両方が揃っている必要があります。
公正証書遺言の無効事例
公正証書遺言は、公証人の関与のもと作成されるため、形式上のミスは起きにくいのが特徴です。ただし、中には無効になるケースも存在します。
事例1:遺言者の意思能力が争点に
公証人が関与していても、遺言者が認知症などで判断能力を欠いていた場合には、その遺言書が無効とされることがあります。遺言者が作成時に高度のアルツハイマー病を患っていたケースでは、医師の診断記録や看護記録などから「意思能力がなかった」と認定され、遺言書が無効になりました。
事例2:証人が利害関係者だったケース(民法974条違反)
公正証書遺言には、証人が2人以上必要です。ただし、その証人が遺言によって利益を受ける人であった場合無効とされます。実際に相続人が証人を務めたケースでは、形式的な要件に反するとして遺言の効力が一部否定されました。
秘密証書遺言の無効事例
秘密証書遺言は遺言の内容を秘密にしたまま公証役場で証明を受ける形式で、作成数は少ないものの一定のニーズがあります。ただし、手続きの誤りや押印の不備によって無効とされるリスクも存在します。
事例1:押印が封紙にない
秘密証書遺言では、証書に署名押印し、封紙にも遺言者が押印することが求められています。
封紙に押印がされていないまま公証役場で手続きをしたケースでは、方式不備とされ無効になりました。
事例2:遺言内容が不明瞭で意味不明
秘密証書遺言では、公証人が内容に関与しません。そのため、記載内容の解釈が難しい場合には内容不備により無効となる場合があります。
無効にならないための対策と注意点
遺言書は、被相続人の最終意思を尊重するための重要な法的文書です。しかし、形式の不備や内容の不明確さによって無効と判断されるリスクは少なくありません。わざわざ作成しても、無効になってしまっては相続トラブルの火種になりかねません。
有効な遺言書を作成するために、押さえておきたい具体的な対策や注意点を解説します。
遺言の方式と要件の正確な理解
まず基本中の基本として、各遺言方式における法定要件を正しく満たすことが必要です。
自筆証書遺言の場合
- 遺言者が全文を自筆する(2020年以降、財産目録のみ例外的にパソコンでも可)
- 日付を明記する(「〇年〇月〇日」など具体的な日付の記載が必須)
- 氏名を自書する
- 押印する(原則認印でも可。実印が望ましい)
公正証書遺言の場合
- 公証人の面前で口述して作成する
- 証人2人以上の立会いが必要
- 内容確認後に署名・押印が必要
遺言者の意思能力の証明
遺言が作成された際、遺言者が十分な判断能力・意思能力を有していたかどうかは、争いになりやすいポイントです。特に高齢者や認知症の疑いがある場合、トラブル予防のために下記のような対策をしておきましょう。
- 作成前後に病院で診察を受け、医師の診断書を取得しておく
- 作成時に信頼できる第三者(例:医師、弁護士、親族)に立ち会ってもらう
- 録音・録画などで本人の意思による作成であることを記録する
曖昧な表現の回避
遺言内容に曖昧な点があると、相続人の間で解釈が分かれて無効や一部無効となる可能性があります。
曖昧な表現 | 具体的な表現 |
家は長男にあげる | 東京都新宿区〇丁目〇番地の不動産(登記簿記載のもの)を長男〇〇に相続させる |
口座のお金は次男にあげる | 三菱UFJ銀行 新宿支店 普通預金 口座番号×××××××を次男〇〇に遺贈する |
複数ある遺言書の定期的な整理
一度作成した遺言書でも、ライフスタイルや家族構成の変化、資産状況の変動などに応じて、見直しが必要になるケースは少なくありません。見直しが必要になるのは以下のようなタイミングです。
- 相続人に変更があった(死亡・離婚・養子縁組など)
- 新たな資産の取得、不動産の売却をした
- 遺言執行者を変更したい
- 法改正があった
保管方法の注意
遺言書が紛失したり、改ざんされたりしては本末転倒です。保管場所と管理方法にも注意を払いましょう。形式によって保管方法も異なります。適切な保管方法を理解し、細心の注意のうえ保管しましょう。
自筆証書遺言
- 法務局の自筆証書遺言保管制度を利用する
- 信頼できる親族や専門家に預ける
- 保管場所を明示したメモを残す
公正証書遺言
- 原本は公証役場に保管されるため、安心
- 正本・謄本を大切に保管し、所在を家族に伝える
遺言書の無効リスクを防ぎ、想いを正しく伝えるために
遺言書は、残された家族に想いを伝える大切な手段です。しかし、作成方法や内容に不備があると、遺言そのものが無効と判断される恐れがあります。遺言書の無効を防ぐためには、正しい形式で作成することはもちろん、遺言作成時の体調・環境・証拠の確保にも目を向ける必要があります。
さらに、定期的な見直しや適切な保管も重要なポイントです。想いを遺すための遺言書が争いの種となってしまわないよう、必要に応じて専門家の力を借りながら、法的に有効で家族にもわかりやすい遺言書の作成を心がけましょう。