公正証書遺言は公証人が作成した書類の原本が公証役場に保管されるため紛失や改ざんの心配がありません。ただし作成には規定の書類や財産の価額に応じた手数料がかかり、作成時点の状況によっては無効になる場合があります。失敗しないためのメリットとデメリットや作成手順、相場費用などをまとめています。
「遺言書は被相続人が自筆で書けば有効でしょ?」そのように安易に考える方は少なくないでしょう。
3つの遺言形式の一つが公証役場で作る公正証書遺言です。遺言書原本は公証役場が永久保管し、自筆証書遺言のような家庭裁判所の検認は不要です。
相続手続きを迅速で確実に進めたい、もしくは家族間トラブルを避けたいと考えるなら、最も安心できる遺言方式といえるでしょう。
本記事では、公正証書遺言書の概要や必要書類、無効になるケース、メリットデ・メリットなどを解説します。
公正証書遺言とは
3種類の遺言書との紹介と公正証書遺言の概要や作成費用について解説します。
3つの遺言形式の一つ
日本で法的に認められている遺言方式は以下の3つです。
- 自筆証書遺言
- 公正証書遺言
- 秘密証書遺言
このうちの一つ公正証書遺言は、厳格な方式や要件を課したうえで公証人が直接作成するため、遺言内容の遵法性や保管環境などの安全性、遺産分割の執行性を高めています。
公正証書遺言の概要
公正証書遺言のおもな概要や特徴は以下のとおりです。
作成場所 | おもに公証役場内、出張して作成する場合あり |
保管場所 | 全国の公証役場内 |
作成方式 | 遺言者が内容を口頭で公証人へ伝え(口授)、公証人が筆記する |
証人 | 2名以上が立ち会って遺言書に署名押印し、立会事実を記録する |
効力の開始 | 遺言者の死亡と同時に発効する |
検認 | 家庭裁判所の検認は不要(自筆証書遺言は検認が必須) |
原本保管 | 公証役場で半永久的に保管する |
公正証書遺言の作成費用の目安
公正証書遺言の作成手数料は「公証人手数料令第9条別表」で以下の表のように定められ、受遺者ごとに財産価額を区分して合算します。

引用:別表|公証人手数料令(平成五年政令第二百二十四号)|e-GOV 法令検索
上の表に相続財産の価額を当てはめる際は、総相続財産ではなく各相続人が相続する財産の価額を個別に当てはめて手数料を求めたものを最後に合算して算出します。
公正証書遺言が無効になるケース
公正証書遺言は公証人が作成するため無効リスクがほとんどないのが特徴ですが、無効になるケースもあります。
1. 本人に遺言能力がなかった
遺言者に認知症の進行や意識混濁があって意思能力が欠けた状態では、あとで相続人から無効確認を求められる可能性が高まります。作成当日に確認した医師診断書を残しておくと安心です。
2. 口授(くじゅ)をしなかった
口授とは遺言者が公証人へ口頭で意思を述べること(民法969条)であり、公正証書の遺言では必須の手続きです。そのため、当日に口授をしないで作成すると作成要件を満たさないとして無効になります。
3. 証人が不適格者だった
未成年者、推定相続人・受遺者本人とその配偶者・直系血族、同居する親族などは、公正証書遺言の証人にはなれません(民法974条)。証人の適格性は厳密に確認しましょう。
4. 公序良俗に違反していた
「配偶者には内緒で不倫相手へも配偶者と同額を相続させる」など不当な条項は民法90条違反として無効になる場合があります。
5. 詐欺、強迫、錯誤に基づいていた
だまされたり脅迫されて本意ではない内容で作成した遺言は取り消しが可能です。重大な事実の錯誤(勘違い)による意思決定の場合も無効です。
公正証書遺言の作成に必要な書類とは
公正証書遺言の作成に必要な書類は以下のとおりです。事前に公証人へ送付しておくと内容の打ち合わせがスムーズに進みます。
本人確認書類 | 運転免許証・マイナンバーカード等 |
印鑑登録証明書 | 遺言者・証人ともに原則発行から3か月以内のものに限る |
戸籍謄本・住民票 | 相続人・受遺者の続柄確認用 |
財産証明資料 | 不動産:登記事項証明書、固定資産評価証明書預貯金:残高証明書、通帳コピー株式等:残高報告書等 |
遺言内容メモ | 分配割合・付言事項など |
3. 公正証書遺言の作成手順
公正証書遺言の作成手順は以下(1)〜(6)のとおりです。
(1)公証人と事前打ち合わせをする
財産目録と案文をもとに方式要件を確認する。
(2)遺言者と証人2名が揃って公証役場へ行く
公証人の出張を希望する場合は別途で手数料・日当・交通費が必要になる。
(3)遺言者の本人確認・口授・意思確認をする
公証人が遺言者へ本人確認や質問をして、口授(内容を口頭で述べる)を行う。
(4)遺言者と証人が署名捺印する
捺印する印鑑は実印が望ましい。各自の印鑑証明書も提示して実印を証明する。
(5)公証人の署名捺印と認証文を付記する
「公証人作成の公正証書である」旨の認証明文を記載し、公証人が署名捺印して証明する。
(6)遺言者が正本・謄本受領する
公正証書の遺言書原本は公証役場で保管する。
公正証書遺言のメリットとデメリット
公正証書遺言のメリットとデメリットそれぞれについて解説します。
公正証書遺言のメリット
公正証書遺言のメリットは以下のとおりです。
(1)遺言書の検認手続きが不要で遺言内容を早期に執行可能
死亡届を提出してすぐに金融機関や法務局での手続きが可能になります。
(2)改ざんや紛失リスクが極めて少ない
公正証書遺言書の原本は公証役場内で適切かつ半永久的に保管・管理してくれます。
(3)法律要件を満たし効力無効の可能性が低い
公証人が遺言者の意思に基づいて法的な形式も確認しながら正しい内容で作成してくれる。
(4)自筆不能者でも公証人が代わりに署名をすることで作成可能になる
遺言者の口授 + 公証人の代署によって適切な作成手順を外すことなく対応できる。
公正証書遺言のデメリット
公正証書遺言のデメリットは以下のとおりです。
(1)費用負担が財産の価額に応じて高額になる
財産の合計価額によって手数料額が変動するが、財産の規模が大きい場合には手数料も数十万円以上かかることもある。
(2)証人手配の手間と情報漏洩リスクがある
証人が遺言書に目を通すため遺言内容を知ることになり、秘密保持を守らせどのように担保するのかが課題です。
(3)内容変更の度にコストが発生する
遺言内容の軽微な修正をするのにも再作成扱いで費用がかかる。
公正証書遺言の作成手数料の計算
公正証書遺言の作成手数料の計算方法を、順を追って解説します。
手数料計算の流れ
手数料計算の流れは以下のとおりです。
(1)相続人単位でそれぞれが受ける財産の価額をもとに区分評価する。
(2)区分ごとの手数料を算定
(3)全相続人の区分手数料額を合算し、必要なら遺言加算を上乗せして算出する。
(4)用紙代・出張加算を加えれば手数料額が確定する。
(5)公証人へ事前相談して見積りを依頼することが失敗防止のコツです。
財産価格に応じて加算
以下の例の場合に公正証書遺言の作成手数料がいくらかかるか計算してみましょう。
(例)遺言で指定された総額1億円の遺産を配偶者へ5,000万円、長女へ2,500万円、長男へ2,500万円と配分する場合の公正証書遺言作成費用は? |
配偶者:相続財産の価額が5,000万円 → 作成手数料29,000円
長女:相続財産の価額が2,500万円 → 作成手数料23,000円
長男:相続財産の価額が2,500万円 → 作成手数料23,000円
このとき、遺言で指定された相遺産総額が1億円以下であるため、さらに遺言加算の11,000円を加えて合計額とします。
手数料額 = 29,000円 + 23,000円 + 23,000円 + 11,000円 = 86,000円
また、遺言書が規定枚数(3もしくは4枚)を超えるごとに手数料250円が加算され、正本や謄本の交付の際にも1枚につき手数料250円が必要です。
もしも正本と謄本が5枚ずつ(計10枚)なら、250円 × 計10枚 = 2,500円 も加えます。
加えて遺言書作成を出張(公証役場外)にて行った場合には、別表に当てはめて求めた金額の1.5倍の手数料額を用いて計算し、実費として公証人の日当や交通費も加算します。
(まとめ)適正な公正証書遺言を作成するには無効要件と費用を理解しておくのが重要
公正証書遺言は「確実・安全・迅速」という三拍子揃った遺言方式ですが、遺言者の意思能力、口授の有無、証人適格の欠如や費用見積り不足などで無効やトラブルの原因となることがあります。
適切に必要書類を整えて公証人と十分に事前打合せをし、専門家(弁護士・司法書士・行政書士)にサポートをお願いすれば、法的リスクと手間を最小限に抑えられます。