相続で混同されがちな手続きに「財産放棄」と「相続放棄」があります。どちらも遺産の相続を断る意味がありますが、相続人の地位や借金の返済義務、手続きの内容や労力などが異なります。それぞれのメリットやデメリット、その手続きを選択することによる栄養について解説します。
「親の借金を背負いたくないから相続しない」「親族間で揉めたくないので相続を辞退したい」そんな場合の手続きとして財産放棄と相続放棄があります。
両者は遺産の相続を辞退する意思表示ですが、法律的な効果や手続き内容が異なります。双方の特徴やメリット・デメリットを理解したうえで選択しないと、思わぬ債務負担や親族トラブルを招きかねません。
本記事では二つの放棄の違いやメリット・デメリット、他の相続人への影響などを解説します。
財産放棄(遺産の放棄)とは
財産放棄とは、「自分の取り分はいらない」と財産を放棄する意思表示です。この財産放棄の意思表示には期限がなく方法の制限もなく家庭裁判所の手続きも要しないなど、自由度の高さがあります。
財産放棄は民法に規定された法律行為ではなく、遺産分割協議のなかで相続分を放棄すると表明して他の相続人が合意すれば成立します。
財産放棄の合意がなされたことを証するためにも、遺産分割協議書に署名捺印をするのが一般的です。なお、遺産分割協議は相続人全員が参加しなければ成立しないため、相続人の地位を保持する財産放棄では署名捺印義務も残ります。
相続人としての地位の保持
財産放棄では財産を相続しないと表明しますが、その相続における法定相続人という身分自体は放棄せずに保持し続けるのが特徴です。
債務(借金や保証人の地位)等の承継
財産放棄を表明したとしても依然として相続人のままなので、可分債務(被相続人個人の借金など)は法定相続分に応じた支払い義務を承継します。また、連帯保証債務のような不可分債務では連帯責任を負うリスクも残ります。
財産を放棄したのだから当然に借金も免れるだろうと勘違いをしないように注意しましょう。
財産放棄で行うべき手続き
財産放棄を表明した場合は、遺産分割協議書に「〇〇は相続分を放棄する」と明記し署名押印(実印押印と自署)をします。
金融機関や法務局へ遺産分割協議書を提出し、財産名義を他の相続人へと移転します。
このとき、被相続人が残した借金などの可分債務がある場合は、債権者へ自己の相続分のみを弁済する旨を通知しておきます。
財産放棄の表明ができる期限
財産放棄に法律上の表明期限はありません。
ただし相続税の申告や納付期限が相続開始を知った翌日から10ヶ月以内であり、金融機関での実務までを10ヶ月以内に終えるには、遺産分割協議がまとまる時点までには意思表示をしておくのが現実的です。
財産放棄と相続放棄の違い
財産放棄と相続放棄の違いは以下のとおりです。
財産放棄は相続人の地位を保持、相続放棄は相続人の地位を失う
財産放棄は相続人としての地位が保持されるので、遺産分割協議や債務履行の場に居続けなければならない点が異なります。
対して、相続放棄(民法940条)では家庭裁判所へ申述して受理されると「初めから相続人でなかった」とみなされます。
つまり、そもそも相続人ではないという扱いになるため、遺産分割協議や債務支払い義務から完全に離脱できます。
財産放棄は可分債務(借金)を承継、相続放棄は可分債務も承継しない
財産放棄は、借金や連帯債務保証などの地位といった可分債務を引き継ぐため、被相続人の借金を相続割合に応じて引き継いで返済しなくてはなりません。
対して、相続放棄はプラス財産(資産)もマイナス財産(借金)も承継しません。
借金の支払い義務から免れる方法としては大変有効であり、相続財産に含まれないとされる被相続人に掛けられた死亡保険金や遺族年金は受け取れます。
ただし、死亡保険金に対する相続税の非課税枠が縮小するなど影響には注意が必要です。
財産放棄の方式に定めなし、相続放棄は家庭裁判所での手続きが必要
財産放棄は相続人全員への意思表示および遺産協議書への署名押印だけで足りるなど、法定された方式がなく自由度が高いです。
対して、相続放棄は相続開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所へ書類の提出が必須です。また申述書類には戸籍謄本や被相続人の住民票除票などの添付書類、収入印紙・郵券が必要になります。
財産放棄に期限はない、相続放棄は3ヶ月の期限がある
財産放棄は協議成立前までくらいならいつでも表明が可能です。
対して、相続放棄は被相続人の死亡から3ヶ月の熟慮期間内という厳格な期限があり、思ったよりも早く期限が到来します。
相続人の確定や財産状況の調査などをした後で複数の相続人と意思を統一していくといった調整作業に多くの時間と手間を取られるため、時間管理が最大のハードルといえそうです。
財産放棄のメリットとデメリット
財産放棄のメリットとデメリットについて解説します。
財産放棄のメリット
財産放棄のメリットは以下のとおりです。
手続きが簡素(家庭裁判所の手続き不要)
相続放棄のような戸籍の収集や申述書の作成が不要で、印紙代や郵送費以外のコストはほぼかかりません。
相続権が次順位へ移らない
自分だけが遺産相続を辞退するだけで法定相続人の地位や順列は維持されます。
つまり、相続放棄のように相続権を失うことで、当初は想定していなかった親族が新たな相続人として繰り上がることもありません。
また、配偶者だけに遺産を集中的に承継させたい場合など、被相続人もしくは他の相続人らの意思を汲んだ柔軟な資産配分が可能になります。
財産放棄のデメリット
財産放棄のデメリットは以下のとおりです。
遺産分割協議書への参加や署名捺印が必要
財産放棄をした相続人も依然として相続人のままであるため、遺産分割協議への参加や署名捺印が必要です。ただし、遺産分割協議が難航して親族間の関係がこじれた場合は、なかなか協議が整わず署名捺印ができません。
そのため、解決するまで時間が掛かる場合には長期間にわたり精神的負担が残るでしょう。
可分債務については支払い義務が発生する
財産放棄は可分債務を相続してしまうため、被相続人の借金を返済しなくてはなりません。
また、他の相続人との間で負担する支払い額を法定相続割合よりも小さい割合で合意して返済するのは構いませんが、債権者から請求された場合には法定相続割合を上限に返済しなくてはならない場合があります。
相続放棄のメリットとデメリット
続いて、財産放棄のメリットとデメリットについて解説します。
相続放棄のメリット
相続放棄のメリットは以下のとおりです。
被相続人の債務を一切支払う必要がなくなる
被相続人が残した債務を引き継ぐのは相続人です。
相続放棄によって相続人の地位は喪失しますが、それにより債務を承継する理由がなくなるため、債務は一切支払う必要がなくなります。
遺産分割協議や相続トラブルから解放される
遺産分割協議や相続トラブルは、被相続人に少しでも遺産があれば充分に起こる可能性があります。
しかし、相続人でなくなれば遺産分割協議に参加する義務も、他の相続人と財産を取り合ったり妬みの対象になったりすることもありません。
相続人でなくなるが保険金や遺族年金は受け取れる
相続放棄によって相続権は失いますが、保険金や遺族年金は受け取れます。
死亡保険金や遺族年金は受取人固有の権利であり、被相続人の死亡によって発生するものの相続財産には含まれないとされます。
つまり、相続放棄をしても相続財産ではない保険金や遺族年金は受給が可能です。
相続放棄のデメリット
相続放棄のデメリットは以下のとおりです。
新たに見つかった遺産が欲しくても相続放棄の撤回ができない
相続放棄の申述は撤回できないため、相続人に地位を回復することはできません。
残された借金が多いため相続放棄した後に大きな遺産が見つかって遺産が欲しくなっても、一旦受理された相続放棄を元に戻すことはできません。
そのため、被相続人の財産調査は慎重に行うべきでしょう。
被相続人の死亡保険金に対する相続税の非課税枠が少なくなる
死亡保険金に課税される相続税は以下の式で計算するため、相続放棄によって法定相続人の数が減った場合には非課税枠も減少します。
非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人の数
自分だけ債務を逃れたと他の相続人から妬まれ関係が悪化する
相続放棄によって相続放棄者は借金の返済を免れますが、債務は残る相続人で再按分するため他の相続人の返済額が増えることになります。
そのため「逃げ得で不公平だ」「負担が増えて損した」と他の相続人に妬まれるかもしれません。
相続放棄は自分の意思と家庭裁判所の手続きだけで済み、他の相続人の協力を要しません。しかし、あらかじめ他の相続人へ相続放棄に意思や影響について説明して、妬みや反感を回避する行動派必要でしょう。
財産放棄と相続放棄の特徴を理解して慎重に選択しよう
財産放棄と相続放棄は「相続人の地位を残すか、相続関係から離脱するか」という大きな違いがあります。
借金リスクや手続きの手間、親族関係への影響などがあるため、自分がどこに重きを置くかで最適解は変わるでしょう。
相続放棄の申述期限はは3ヶ月しかなく一旦受理されると撤回できないため、被相続人の財産調査は慎重に行わなくてはなりません。また、他の相続人から悪意を向けられないように、相続放棄の影響についてあらかじめ説明しておきましょう。